吉川晃司グラフィティ・マガジン”K2″創刊第1号。
1985年6月20日初版発行
発行 株式会社ワニブックス
“SUMMER ISSUE ’85 NO.1”
“Magazine for Rockfeeling Kids”
デビュー2年目。この年の3月下旬から始まった「JAPAN TOUR」終盤に発売されたもの。
裏表紙
吉川さんの写真とともに本人の言葉がいっぱい詰まった作品。
“俺は天の災になろうかな”
“100の自信を持っていると120の力を出せると信じてるんだ”
“誤解!それもまた素敵さー。”
等々。基本変わっちゃいない。
そして彼に関わる下記の方々(敬称略)が吉川晃司について語っています。→(矢印)は私の感想です。
・PaPaのメンバー
→さすが一緒にステージを演っているPaPa!濃い話ばかりです。
・木崎賢治(ディレクター)
→「”ギターを持ったマイケル・ジャクソン”が、まず晃司の目標となった」とありますが、後の’85年の紅白歌合戦出場時なんてまさにそんな印象です。
・川面博(渡辺音楽出版ディレクター)
→1stアルバムのレコーディング前に「ガラスのジェネレーション」や「すべてはこの夜に」等4〜5曲でデモテープを録音したそう。聴いて見たい!
・三浦徳子(作詞家)
→君に薔薇薔、ではなくよく分からん…という感じ。
・NOBODY
→“いい意味で裏切ってくれた””日活アクションスター的カッコよさ!”とのこと。今のお二人が作曲した曲を歌う吉川さんも見て見たいです。
・原田真二
→“わりに日本にそういうのがいなかった””せっかく気合い入れて書いたのにボツにされた!”とのこと。吉川さんの同郷の大先輩。吉川さんの4thアルバムまでは原田真二さんの曲が必ず入ってましたね。クライシス解散後くらいの頃の真二。
・岡田裕(ニューセンチュリープロデューサーズ 社長)
→“時代に対する抵抗感が体から発散している。そういうヤツは、絵になるんだ”とのこと。その通りですね。
・丸山昇一(脚本家)
→“僕の大好きな松田優作さん(中略)吉川クンにもぜひそこまで行ってもらいたいし、それができる素材だと思います。”とのこと。優作さんとは縁がありますなあ。
・大森一樹
→主演映画2作目「ユー・ガッタ・チャンス」について“あっ、あの映画は走るところがすべてですよ。”
・山田辰夫
→“「おまえ、そのまま登っていきなさい!」って感じだね(笑)”とのこと。たっつぁんの話はどれも面白かったです。
・浅野ゆう子
→「あの眼で”おはよう”なんて来ると、愛情を感じますね。犬みたいなんですもの……」ですって。年上の浅野さんから“可愛いから、本当にいい子だから”と言われています。
等々。みんな好き勝手言ってます(笑)。
発売時はこのようなビニールケースに入っていたよう。
*今年の2月に代官山 蔦屋書店で開催された 「吉川晃司 35th Anniversary Live TOUR Premium Exhibition」 にて撮影。
計68ページ(表紙含む)のこのグラフ誌。
今読んでも当時の彼及び彼を取り巻くシーンの熱量が感じられます。
*細かい話を二点。当時のマネージャーのKさんのページで“昭和58年8月の鹿児島インターハイでの修道高校対城北高校の水球の試合を思い出す。”とあるのですが、ここは昭和57年の間違いでしょう。もう一つは当時のファンクラブ“FLEET K2”の電話番号記載ページでファンクラブ名が“FEET2”になってます。
紙焼けしやすく、時間とともに劣化していくアドニスラフのような紙質がいい味を出しています。
最新版「吉川画報」を出して欲しい。
デビュー前後の吉川さんについて知りたい方にオススメの一冊。